ブログ…弊社秘書・スタッフの随想・メッセージ・独り言・・・。
わが社の社長が、「勉強になるから読みなさい」と会社で取っている新聞を頂く事がある。TVのニュースやネットで配信される情報で世の中を知る事が常になっている今日この頃、活字で読むのが楽しいといつも思っている。
ある時、最終紙面の一か所に目がとまった。「文化」という枠の中に見つけた絵画、それは、妖精画だった。
その絵画の提供者とコメントを掲載している先生…「井村君江先生」 なつかしい!!
数十年前、「村おこし」、「第3セクター」と国の推奨のもと行われた活性事業。私の生まれ故郷もご多聞にもれず、観光事業に力を入れた時、「妖精の里」として活性化を図った。
当時、私は町の観光協会のお仕事の手伝いをしていて、その時に井村先生とお会いし、お話をさせていただいている。
とてもかわいらしい方というのが第一印象だった(失礼かな・・・)。
妖精の事をお話されるときの目、きらきらされていたのを覚えている。
現在、故郷には、「妖精美術館」があり、先生のコレクションの一部を展示させていただいているが、恥ずかしながら、私はその完成の前に上京したため、未だ行けてないのが現状・・・・。
イギリスで妖精の絵と出合い、勉強され、その素晴らしさを教えて下さる先生の心は、透明。何かに秀でている人は、その心を持ち続けられる唯一の存在ではないかと思う。
私は、社会で自分の存在意義や存在価値を考えた時、色々と試行錯誤し、悩み、その流れが自分の心と違っていても理屈をつけては、同じ方向性と考えてしまう。それがどこかでひずみが起きた時、「透明な心」を感じ取ると浄化されていくような気がする。
新聞の紙面であっても、その美しい絵と先生の名前を見つけた時、当時を思い出し、その透明な心に触れたような気がした。
うらやましいな、私も何かに秀でていたら・・・・
と考えるそばから、もし透明な心を持っていたら、こんなことして、あんな事して・・・って、すでにいくつもの煩悩が私の心に浮かんでくるのだ。
来年も初詣で鐘ついてこよう・・・・。